取組紹介

エリア 岡山県

【インタビュー】みずしま財団 事務局長 藤原園子さん

主体
テーマ
方法

EPOちゅうごく運営委員会の委員長でもある
みずしま財団 事務局長 藤原園子さん

運営委員(委員長)の立場で、EPO事業がどう見えていますか

EPO事業は、「みなさんよくやっている!」。上から目線じゃなくて、地域が広い中でよく頑張っていらっしゃる。鳥取・島根にも、実は広島から遠い距離を、何度も現地を訪ねたりと、一年間凄いボリュームをこなされていて、資料もきっちりつくられています。

 

協働取組に手を挙げようとしたきっかけは?

みずしま財団が設立された2000年から10年間ほどは「水島を見に行ってみたい」という要望に対して無償で受入をしていたのですが、事業を続けていくためにはそれでは回らない。視察研修をボランティアではなく、ちゃんと事業にするにはどうしたら良いか考えることが必要でした。2010年に事業型環境NPO・社会的企業を支援する環境省事業に採択され、その時に中小企業診断士から研修をパッケージにする方法や値段の積み上げ方等、アドバイスをしてもらいました。

一方で、公害地域を再生させていくためには、水島のまちづくりをバラバラで実施していくのではなく、皆が協力し合う関係性を作っていきたいと思っていました。特に企業と地域をつなぐにはどうしたらいいだろうかと考えていました。

ちょうどそういう時期に、大阪のあおぞら財団から「こういう事業があるの知ってる?」といった感じで、協働取組事業の情報提供がありました。当時のEPO担当者に相談して視察研修を含めて環境学習をテーマにした地域づくりを協働で行う内容で、事業に手を挙げたところ、ありがたいことに採択され、2013~2015年度に環境省の協働取組事業を実施しました。

子どもたちの学びのため、水島の未来のため、この2つで企業・行政・住民・大学・NPO等、立場の違う人の思いをつなぐことができました。学びをキーワードに持続可能な地域づくりを模索していく動きがここから始まり、その後ACCU(ユネスコ・アジア文化センター)のヒアリング対象になりました。

岩見:全国ESDセンターの元担当者がACCUの人だったので、情報としてはそこから流れて入ってると思います。

ACCUの学びの共同体は、ACCUのホームページにも動画と方法論が掲載されていて、初期のころの協働取組の経験が掲載されています。昨年は松本市と隠岐と倉敷市水島の3事例でした。

 

EPOちゅうごくと協働してみての所感は?

協働取組では、EPOのみなさんに伴走支援でとても助けられました。最初の頃は本当に手探りだったので、壁にぶつかったときに相談相手になってもらえたことで、とても助かりました。

もう何年もEPOちゅうごくの岩見さんに水島に来ていただいていてみずしま財団職員だけでなく、水島のまちのみなさんと良い感じに馴染んでいらっしゃると思います(笑)。

 

EPOちゅうごくと協働してどうでしたか?

EPOちゅうごくと協働してみて、伴走支援してくれる安心感がありました。漠然とした思いを整理し、言葉にしていく手助けをしてくれました。
関係性をイメージ図に描く、ということもありました。

EPOちゅうごくのホームページが新しくなって、スタッフみんなが仲良しという印象が伝わってきます。それは事務局長が良いから?(笑)

岩見:事務局長はほぼ事務所にいないし、誰もまとめているという感じはないよ?昔からよく言うけれど、地球上から戦争をなくすには、宇宙人が攻めてくればいい。みんな仲間になるって。もしかしたら、そういうのが纏まりを作っているのかもしれない(笑)
身内に宇宙人がいると仁義なき戦いになるので、外に敵を作っておくのが仲良くなりやすいのかな。

 

ACCUのヒアリング対象となった時、協働で物事を進めていく上で何が大事なのか?10年の活動をふりかえって整理したことがあります。改めてEPOちゅうごくの伴走支援が“ちょうどよい”距離感だったことを思いだしました。

岩見:伴走支援って何をすればよいのかわからなくて、手を突っ込みすぎて火傷したEPOもありましたし、話をひっかきまわしに来るんじゃない!と、出入り禁止になったEPOもあります。

距離感もよかったですが、私たちが主催で忙しくしている時にそれとなく運営を手伝ってくれていることがあって、“仲間感”がありがたく嬉しかったです。

岩見:協働取組について冊子を何冊かつくりましたが、あのプロセスを経ないと、俺ら自身も実は答えが出せていない。未だに出ているとも言えないが。
取りまとめるプロセスで自分の頭の整理にもなったし、協働で支援するってこういうことなんだろうな~と思って、それくらいから自分のやり方やスタイルがわかってきた。どこにでも適応できるとは限らないが。

一冊目がとても良かったですね。あれはよく引用しました。岩見さんが良く整理をしてまとめてくれているから。

岩見:水島の現場と、俺が形を模式図にするなど可視化するのが好きなのでww

 

協働の効果は?

今回、倉敷公害訴訟資料が資料群の核となる、みずしま資料交流館(愛称あさがおギャラリー)の開所式に様々な立場の方が参加してくれました。協働取り組みを始めた10年前に、「公害」という言葉を一旦横において、環境を広く捉えて、暮らしのあり方そのものの学びで行こうという話になっていたので、「一周まわって帰ってきた」という感じです。

開所記念に合わせて出版された『「地域の価値」をつくる(東信堂)』の本の中に詳しく書いてありますが、「みずしま地域カフェ」という活動で、水島の歴史をみんなで学び合っているとその中にそっと公害の話も出てくる。担当研究員が文章を書き、小冊子「水島メモリーズ」として発行しています。地域の物語を読みたい人がいて、人気なんですよ。地域の歴史をもう一回編みなおす活動が始まっています。

岩見:水俣で「もやいなおし」というキーワードがあった。水島はちょっとニュアンスが違うとは思うんですが、水島のこの取組って言うと狭い話になっちゃうんですけど、今日話を聞いていて、水島が地域でやっている取組を、人を繋げるとか関係を精査するということを含めたような、分かり易い言葉やキーワードがあれば一番いいなと思いました。

コミュニティの再生というイメージでしょうか。学びを通じて、地域を学ぼうとするからみんな繋がれる。あさがおギャラリーがみんなが集まれる場になればいいなと思います。

昨日、医療従事者の職員研修の際に、医療従事者は今、とても大変ですが、仕事と家だけじゃなくて、ホッと息抜きする場所にと、あさがおギャラリーを紹介したんです。

町や人にとって、あそこに行けば誰かがいて、何か話ができる。縁側のようなところになったらいいなと思います。

みずしま財団と地域との関わりって?

私は、1999年に財団設立準備会に就職、倉敷市水島に来ました。

1996年に成立した倉敷公害訴訟の和解条項の中に、解決金を患者らの生活環境改善と環境保健に使用できるという一文が入りました。その一部を基金に設立されたのがみずしま財団です。当初から地域で暮らし続ける事ができる環境保健の事業と、再生のまちづくりの事業があります。

私が来た1999年当時、この事務所には、本一冊も無く、電話が一本だけでした。最初に何をしようと考えた時、学生時代に大阪のあおぞら財団で卒論でテーマにした市民参加型調査とまちづくりのことを思い出し、まちの中心部を流れる八間川を調べる調査からスタートしました。

この調査に参加していた公害患者さんが、小学生の参加者がメダカを見つけた時に、とても喜んでくれたんです。患者さんが自分が子どもだった頃を思い出したり、こんな川にも命があったと喜びを感じたのではないかと思いました。苦しんだ記憶があるからこそ、命の発見が嬉しいのではないかと。海や川の生きものも、同じ“地域の命“を調べているなと思うようになりました。

卒論を書いた時に、指導教官から「産業型公害地域の地域再生の手法に、原風景の再生がひとつ手がかりになるのではないか?」と言われて、古い地形図で変遷をたどる、行政にどんな計画があったのかと、聞き取りの3本でやってみたのですが、当時は本当に納得できなくて、わからなくて、悩みました。

今は、その原風景の再生を、目の前に小川ができたとかではなくて、その人の脳裏にある事を体験として思い出すことも大事なことと思うようになりました。上手く行かなかったことのほうが自分の中に残って、後から思い出すときがくる。人生の中で学びになるかもしれない。

環境保健は、聞きなれないですよね。例えば、2006年に、あおぞら財団が高齢の公害患者の生活実態調査を環境省から請け負って、その時に倉敷での調査に協力しました。また、水島協同病院病院で亡くなった501名の患者が発症から亡くなるまでの病歴をずっと調査された医師の研究グループがあり、そのまとめをみずしま財団で発行しています。それがこの本なんですけど、調査の結果、平均余命が短い、年齢が上がると合併症になっていることが判明しました。

これらのことから、2007年から呼吸リハビリテーションの研究が始まり、高齢の公害患者の包括的な呼吸リハビリテーションが開発されました。しんどいから動かない、動かないから筋力が落ちる、病状が悪化するという悪循環、それを断ち切るもの。筋力を落とさないようにする運動療法と、薬と栄養をちゃんととるといった包括的なものです。

その後、公害患者だけじゃなく、地域の皆さんの呼吸器の病気の予防や早期発見の活動へ展開しています。現在も、(独法)環境再生保全機構の予防事業関係の仕事に関わっています。配架しているチラシに「息切れと上手く付き合うことを教えます」とあります。これは倉敷市の医療給付課が予防事業の一環として実施するものです。

ちょっと特異的な他の環境NPOにはない分野なのかもしれません。自然分野などの環境教育を実施している人からは「なんでそんな保健の事をやっているの?」と思われるかもしれません。それは公害があったからなのです。

岩見:これもそうだし患者さんの呼吸改善のための講座をやったりとかは、よく目にしているので、そことこっちの地域再生とみたいな話と両方が動いている。最初は二本柱かなって思ってたんですよww

病気は治らなくても地域で暮らし続けられること。症状が急激にひどくなったら入院、よくなったら地域で過ごせるといいですよね。地域の健康づくりをしている保健師さんや愛育委員が健康展を実施しているところに、肺年齢を測るブースを出展する活動をコロナ感染拡大前まではしていました。

肺年齢が高く出て、何らかの呼吸器疾患の疑いがある方に、このパンフレットをお渡ししています。

一つの医療機関を勧めるようことは言えないので、医師会の先生方に協力してもらってアンケートをしてリストを作っています。倉敷市は人口規模と、水島協同病院の前院長が長く地域で関係性を作ってきたこと、私たちが事務局となって「くらしきCOPDネットワーク」を2008年から続けてきたことなどによって、ここならではの取組を実施できています。

こういう分野があるということが、みずしま財団としては特殊なのかな。もしかしたらEPOちゅうごくともこういう話はしたことがなかったですね。

岩見:やっと全体像が見えてきた感じがする(笑)

実は、40代も50代にも公害患者さんがいます。乳幼児期に認定を受けた方々です。小学生の時に、ひどい喘息で苦しんだ経験から、医療従事者への道に進んだという人もいます。自分がしんどいからこそ、患者の気持ちがわかる。どんな患者でも共感できると言われた時にすごいなと尊敬しました。40~50代の患者は、薬で症状を抑えて働いている人が多いですが、急に症状が悪化することを不安に思っています。

経験していない私が、若い世代にどう伝えるのか。患者さん自身のしんどさを、実際に公害を経験していない私が「こんなにひどかった・・・そうです。」と、被害のひどさだけを伝えるのはなんとなく居心地が悪い。資料に基づいた解説や、経験はしてないけど、自分の立場としてどう思うかを話すなどしています。

岩見:広島でも被爆者の声が、当事者が直接話すことすらしんどくなってくる年齢になってきて、じゃあそれを誰がやるのか。本人の声を録音するのも映像で残すのもあるけど、ちゃんとその人の思いを聞いて相手の感情や、どういう痛みなのかそこまで分かった上で、代弁してくれる語り部を作ることを、今広島市はやっている。
しかし、1ヶ月じゃなく1年かけても「あなたはまだ私の事をわかってくれない」というのも実際ある。このあいだは良かったけど、今日はちょっと気持ちが違うんじゃない?みたいなことを言ったら、
実際にそういう突込みが入ることもあると。
第三者が話そうとすると、その人が思った感情を感情的に表現するのも必要だけれども、どうしても第三者がそれを、客観的なデータだったり数値だったり、実際に症状があらわれた写真を見せられたら分かり易いが、そういった客観データが必ず必要になるということを思っていて、近いところがある。

長島愛生園の学芸員の方も同じことを言われてました。ハンセン病の元患者さんも語り部が高齢化してどうしていくかという問題が同じだねという話がありました。

 

財団として今注力していることは?

修学旅行なども増えてきましたが、高校生や観光とかでも資料館に学びに来る人の場が出来たので、町の人達にも使ってほしいし、もっと研修事業にも力を入れたい。

医療従事者の研修もしています。公害の経験から患者の生活背景を考えて診療や応対をするということを伝えることを大事にしています。SDH=健康の社会的決定要因という考え方で、自分の自己責任じゃなく、社会的な要因があってこの病気になっているという考え方を医療従事者が学んだり、話し合う場を作れたのはとても面白かった。

病院の中の応対は大変だから、ちょっと幅を広げて見方を変えられることを学べたら、ハウツーじゃない学びが水島では提供できるんじゃないかと。

 

最後に、藤原さんにとって、EPOちゅうごくって何?

安心できる、電話をかけたくなるところ。
ダメ出しをせずに、聞いてくれるところ。
これからもお願いします。

 

 

この記事の発信者

岩見暢浩(いわみ まさひろ)

コーディネーター・EPO統括 EPO歴 10年目

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