【事業報告】森里川海・流域全体から豊かな瀬戸内海を実現するためのシンポジウム 中国環境パートナーシップオフィス(EPOちゅうごく)

【事業報告】森里川海・流域全体から豊かな瀬戸内海を実現するためのシンポジウム

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13:00-13:10
開会挨拶/環境省中国四国地方環境事務所 課長 原田 幸也 氏
本日主催のEPOちゅうごくは、中国地域での環境保全活動の推進を図るために、市民、NPO、企業、行政団体等の相談、情報提供や助言、協働取組の促進等を通じて、中国地域での環境保全活動の支援の充実を図っており、情報提供の一環として、中国5県、それぞれでセミナーやシンポジウムを開催している。
今回、広島県のシンポジウムは、流域全体から豊かな瀬戸内海を実現するためのシンポジウムとして、森里川海のつながりを考えるテーマとなった。
環境省では、「つなげよう、支えよう森里川海プロジェクト」を立ち上げ、森里川海をつなげていく取組、支援の方向性や具体的な事例を取りまとめており、全国でミニフォーラムやシンポジウムを開催している。広島県では、北広島町の豊かな森里川海の地域づくりのこれからをテーマに開催した。
本日のシンポジウムでは、基調講演の後、森里川海の第一線で活躍されているトップランナーの取組事例、国の瀬戸内海環境保全基本計画に基づいた広島県計画の紹介がある。豊かな瀬戸内海の実現のために、森里川海の取組がそれぞれの枠内にとどまらず、つながりを意識した取組の気付きとなることを期待する。

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13:10 - 基調講演
『海洋環境学者から見た瀬戸内の島々のあり方について~無人島化の阻止と新たな社会システムの導入~』講師 上嶋 英機 氏
/海洋環境学者、(一社)瀬戸内海エコツーリズム協議会 理事長、広島工業大学 客員教授
《講演内容》
<瀬戸内海の環境の現状>
瀬戸内海は世界で類を見ない非常に生産性の高い海域、内海であり、物理的、生物的にも多種多様な存在がある。豊かな瀬戸内海と一言で言っても難しいところもあるが、どのように残していくのかが重要な課題。
瀬戸内海はきれいな海になったが、果たして豊かな海になったのか。漁業生産量は激減、漁村、漁民の減少、過疎化、島民の減少、レベル4の末期的状況、島は無人島化が著しい状況になってきた。
漁業生産量を、基礎的な漁業で見ると、マイワシ、カタクチイワシ、シラス、タチウオなど、右肩下がりで獲れなくなっている。生態系の頂点に立つスナメリも激減した。
<島しょぶの過疎化>
瀬戸内海の島しょ部の人口減少については、漁業者の減少・高齢化、瀬戸内海の自営漁業者(経営体数)は、15,000体しかいない。島しょ部の、人口、生活、産業、環境、社会システムはどうなっているか、瀬戸内海白書として示しておかないと、何がどうなっているのか分からない。漁港別の船の数、漁業種別、魚の種類を見ると、ほとんど右肩下がり。
<瀬戸内海環境保全特別措置法の改正>
昨年、瀬戸内海環境保全基本計画が2月に変わり、10月に瀬戸内海環境保全特別措置法が改正され、「豊かな瀬戸内海」となっている。「豊かな瀬戸内海」とは何か理解しなければならない。基本的には4つの柱からなっている。まずは、水質保全及び管理、これは従来通りやっていく。流入負荷、流入栄養塩、栄養塩管理をきちっとする。次に、場の保全はこれまでやっている再生、藻場、干潟、底質、窪地をきちっと直していく。そして、自然景観、文化的景観の保全は、新しく協調されている。ここに、エコツーリズムというものが入ってきた。
広島発のゴミは周防大島に大量に流れ着き、カキ養殖用パイプは行政により買い取られている事例もある。
<エコツーリズム>
2002年に国連・国際エコツーリズム年、ケベックで開かれた世界エコツーリズム・サミットで、エコツーリズムを世界的に進めていくことになった。
エコツーリズムとは、自然環境や歴史文化を体験し、学ぶとともに、地域の自然環境や歴史文化の保全に責任を持つ観光のありかた。イズムとは一つの考え方と言う意味。自然に基づいた活動であり、教育的であり、持続可能でなければ、エコツーリズムとは言えない。資源の保護、観光立地、地域振興に役立ってほしいとのことになる。
大量送客、大量消費型の観光といったマスツーリズムに対して、少数で行き、地域の個性をきちっと味わい、個人志向の観光のことをエコツーリズムという。
<フランスの事例紹介:島嶼活性化プロジェクト>
5つの国が一緒になって、無人島化を防ぐために、若い人たちに住んでもらって、そこで産業を営み、そして旅行者を受け入れて自活をしていく、ただし、生活が安定するまではきちんと援助をし、小学校などはきちんと子供達を保護し学校に入れる。無人島を無くすということは環境を守ることに繋がる。
プロジェクトの採用条件は、プロジェクトの対象区域(島)の住民の一人当たりの国民総生産が、ヨーロッパの平均の国民総生産の75%以下であること。このプロジェクトを通じて、ヨーロッパの他の地域とのコミュニケーションや交流等を進めることができること。いろんな地域とネットワークを組んでやっていく。環境を守るために、有機農法など環境に負荷が掛からない生産活動を促進すること。エネルギーは全部自然エネルギー。絶対に負荷のかからない有機農法。環境に対してマイナスが全くないような状況を強いられる。
<島嶼活性化プロジェクト:ケメネーズ島>
ケメネーズ島は、歴史的、文化的にもポテンシャルが高い。昔は人が住んでいいたが、空家になった場所を使う。昔は農業者がいたが、購入当時は既に無人島化していた。資源循環型のエコ・アイランドとして、初めての事例。
コンセプトは、エコ・レストレーション。人を島に戻し、農業を中心とした生産性のある活動を行う。2003年から2007年に行われ、農場放棄地や建物のレストレーション(再生)、船着場・再生可能エネルギー施設、太陽光や風力発電、水処理施設、有機物排水処理施設が整備されている。電気動トラクター。牛、馬、羊、鶏、豚が放し飼い。山の無い、高さ5mぐらいの素晴らしい島。1日に10人のお客が来る、365日予約が埋まり1日も空いていない状況。
<日本のエコツーリズム>
日本では、2007年にエコツーリズム推進法ができ、2010年生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)の時、エコツーリズムの促進、2008年に国土交通省の中に観光庁ができ、2015年の瀬戸内海環境保全特別措置法の改正で、エコツーリズムの重要性が表に出てきた。
エコツーリズムの意義は、生物多様性の実態把握と保全・継承ができる、国立公園の利活用と管理に貢献できる、地域文化の継承と参加、地域の環境資源の認識、環境観光産業としてのビジネス・雇用促進になる、瀬戸内海の島嶼部の活性化、島嶼部の無人化・過疎化の防止できるという効果が期待される。
<一般社団法人瀬戸内エコツーリズム推進協議会>
2011年に広島県、廿日市市、呉市と一体になって協議会を発足。それぞれの場所を使ったエコツアーを開発、人材育成を行っている。
<宮島エコツアー>
宮島は、国立公園、ユネスコ世界遺産、ラムサール条約登録、日本三景の勲章をもらっている。世界でも2、3番に入るくらいとても人気の高い場所。
外国人ツアーでは、船による七浦巡りや、生物が沢山いる干潟や、青海苔浜という汽水域を見る、7つの神様はどこにいるのか、などのツアーを企画。昔あった社が今は丸裸、ゴミが一杯の宮島も見てもらう。また、宮島と似島を入れたツアーも企画。16kmの海岸線を歩いたり、遺跡巡りや魚釣り、民宿では、地元で獲れたた豊富な野菜や海鮮を堪能できる。
<安芸灘エコツアー>
呉市は日本で2番目に長い海岸線を持っている。1番は佐世保。
まずは、人材育成の講座「エコ塾」を実施。大崎上島町、斎島などで10人ぐらいで研修、実習を受講。現在の島の状況を知り学び、最後に、研修生の反省会を実施し、修了証を交付。
防予諸島は、スナメリ。前島と周防大島の間が一番見られるところ。100頭の群れをなしている。周防大島のニホンアワサンゴは、環境省が海域公園地区にした場所。これを見にいくツアー。一昨年、環境省のエコツーリズム特別賞をもらった。
<上関の八島>
三つの島から成っている。今、二人の漁師を含めて3人しか男性がいないこの島を何とかして再生しようと考えている。661人いたのが、今は25人しかいない。ほとんどが空家。130件ほどあるが、1割しか使っていない。船は2隻しかない。柱状節理は本当に感動する。島の資源を知らせる八島エコマップを作成した。道の駅に配付している。
<まとめ>
無人島を無くすための社会システムをどうやって作ればよいか。若者たちがきちっと生活できるような方法をどうすれば良いか、そして、それを実際に政策、色々なネットワーク、そういうものをきちっと作り上げていくようにできればと思う。

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14:10 - 取組事例等の紹介
『森と里のつながりを取り戻す、芸北せどやま再生事業』
白川 勝信 氏/北広島町立 芸北 高原の自然館 主任学芸員
豊かな自然に囲まれた芸北。元々山から燃料や木材や木の材料、色んな恵みをもらって生活していたが、今は管理されなくなった。放置された山は、水源涵養林の低下し、獣害の増加、景観も悪化した。それに対し、広島県も、民は森づくり県民税500円払い、皆の社会資本から山の整備に投資されている。昔は山から色んなものを貰っていたが、全く逆になっている。問題にすべきは、どうやって里山を守ろうか?よりも、どうにかして山の資源を活用していた状況に社会を戻していけないか?ということになる。
せどやま再生事業は、3つの仕事を始めた。
一つ目は、木を買い上げる仕組み。ほんのちょっとでも良い。軽トラに乗る程度でも、持って来てくれたら必ず木を買い上げる。その都度計って、月末に計算し対価を地域通貨で支払う。単位は石(こく)、有効期限が6か月、1,000石で、お店に行くと1,000円分の買い物が出来る。せどやま市場から地域通貨は、地域の中で使えるもの。
二つ目は、誰でも着手しやすい仕組みづくり。どんな人でも、ちょっと木が切れれば出来る。
三つ目は、消費地の確保。集まった木は割って薪にして販売する。薪ストーブを使っている人は、地域の薪を介しながら暖をとる。電気ストーブなら電気はどこから来たか分からない。薪ストーブなら地域の人の誰かが山から運びだされたもの。
山から山主さんが木を出すと、地域通貨が払われる。それによって地域の中で経済が回ってくる。集まった木は、薪などとして、ユーザーさんのところに行って家を暖める。そこに支払われるお金が今度は地域のお店に帰ってくる。山主さんには商品が帰ってくる。事業の目的は、3つの“E”エコロジー、エコノミー、エネルギーの悪い“E”問題を解決すること。
小学校でも、授業の中で小学生による薪活を実施し、労働の喜びを自分自身で知る。
社会の変化によって劣化した生態系を修復していくには、新たな社会の仕組みが必要。その仕組みは、必ずしも過去の山の仕組みを復元するものではない。森里川海のつながりというものは1か所で起きているわけではない。森と里、里と川、川と海のつながり、それぞれが切れている。対応策として、それぞれをつなぐ方法が必要。今、森と里が少しつながろうとしている。今度は、里と川、川と海が、どのようにつながるのかを皆で共有することが必要と考えている。

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『高梁川流域学校の取組について』
岡野 智博 氏/(一社)高梁川流域学校 事務局長
高梁川流域学校は、流域のすべてをフィールドにした学校。地域の中を先生にしている。高梁川が流れていた地域は、備中と言われていた地域。吉備の国とも言われていた。心のふるさと高梁川は、古墳群が沢山ある総社、中世に栄えた新見は京都東寺の荘園であったところ、近世は備中高松城とか山田方谷が有名になっている高梁というまちで幕末までずっと栄えていて、藩主は幕末の最後の老中を務め、幕府が倒れると急に衰え、近世以降は倉敷、倉敷紡績があり、戦後は倉敷コンビナートのおかげで、倉敷が備中地域の中核都市、中枢拠点都市となり、7市3町のまとめ役となっている。
歴史的な背景がありながら高梁川流域学校をつくっているが、まだこれからの取組。我々にとって高梁川は、地域生命主義と言われる「バイオリージョナリズム」という考え方で、自分たちが住んでいるところに根付いて、土地との関わり合いと常に意識しながら、もう一回自分の土地をすり直していくという考え方、そのためには、地域がもっているような自然環境、人の生活、自然環境との関わりを自分自身が自覚して、自分の住む地域の特徴について良く学ぶことで、歴史の中で切断されてしまった人と自然との関係や、人と人との関係をもう一度繋げ合わすような取組をしている。
地方中枢拠点都市にあるように流域全体を生活圏、生活経済圏として、活動を社会化していくようなことを実施しようとしている。その中で、地域教育プラス観光、ツーリズムの中でソーシャルビジネス的なものを生み出して、地域の活性化と合わせて雇用を生み出そうとしている。
流域の環境保全意識の醸成から水島コンビナート企業や流域の信金などとの連携によって、具体的なCSR活動とかのアクションに展開しようと取り掛かっているところ。

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『日生町アマモ再生事業と漁業』
田中 丈裕 氏/(特非)里海づくり研究会議 理事・事務局長
1950年代の岡山県海面のアマモ場の分布では、アマモ場の総面積4,300ha、その内側は全て干潟で、干潟の総面積4,100haあった。瀬戸内海の中央部から東部にかけて、重要な魚介類のゆりかごになっていたが、残念ながら、その後、様々な干拓、埋立てによって、どんどん失われて、アマモ場も干潟も9割以上が無くなった。
同じように水質の著しい悪化でアマモが消滅してしまった日生の漁師達が立ち上がった。
アマモの種子を採取する技術を取り入れ、アマモ場の再生に取組みを始めた。アマモ再生活動のきっかけになった人は、当時つぼ網組の組長をしていた本田和士氏。
まず、1985年から種子撒きを始めた。本田氏率いる19名のつぼ網漁師達と青年部の生え抜き4名と3名の漁協職員は、1988年に100万円の予算(県50万、漁協50万)をなんとか確保し、ゼオライトにより底質改良は効果的であることが分かり、海砂、牡蠣殻、鉄鋼スラグなど、いろんなものを使って、底質改良の実験を繰り返した。
1990年からは、大学の研究者も参画、1993年には、アマモ場の大規模な再生事業を中心にした海洋牧場構想を策定。
1994年から3年間、国からの予算をうけ、アマモ場の繁茂条件に関する敵地条件調査、環境条件調査を行い、それらの成果を整理し「マリンフォーラム21」へマニュアルの作成を提案。日本でも優秀なアマモ場の研究者が全部集まり、日生の漁師達と一体となって、2001年に、「アマモ場造成技術指針」というマニュアルを策定し、同年、東備地区アマモ場造成技術検討会を、アマモの専門家と漁師達の構成メンバーで立ち上げ、現在も続いている。
その後、本田氏が組合長に就任し、更なる底質改良実験を繰り返し、2006年には牡蠣殻による底質改良マニュアルを策定した。
2008年に海洋政策研究財団が参画し、ICM再生モデルプロジェクトが始まる。その時に、今までのメンバーに加えて、備前市、岡山県、商工会、観光協会、大学の研究者等が入ってきて、様々なステークホルダーにより、2009年に備前市沿岸域総合管理研究会に発展していく。海洋牧場づくりと海面利用ルールを作り、2011年にはアマモ場も200haを超えるまで回復した。同年、本田氏没後、後を引き継いだ組合長の淵本氏は、当時の1985年からアマモ場再生活動に取り組んだ時の青年部の精鋭4名を中心に据え、現在は7名が中心になってピラミッド型のしっかりした組織を再構築している。
2012年には、NPO里海づくり研究会と岡山県、漁協、コープおかやまと四者協定を結んで、支援体制を整え、更新の牡蠣殻を使った底質改良技術を開発しガイドラインにまとめた。
その後、日生の中学生がアマモ場の再生活動に参画するようになり、小学校にも広がってきているアマモ場が再生してきたが、新たな問題が起こる。。漁師と市民と子ども達が一体とした形で協働した地域振興へ向けての動きに変わってきた。2013年にはアマモ場の里海が完成した。
アマモ場が再生してきたが、新たな問題が起こる。大量のアマモ流れ藻が海面下を漂流し、船のプロペラに絡んで航行の妨げになる。更に流れ藻が海岸や港に漂着して匂いを出し、一般住民から苦情が出る。ここで活躍してくれたのが日生中学校の生徒3学年200名。流れ藻回収大作戦を実施した。流れ藻の回収で同時に必要な種子を採集出来、種が全て確保できている。
新しい事業が今年度から始まった。カキ養殖で産出される牡蠣殻を使って、アマモ場を再生する。アマモ場で生み出された酸素や餌で、牡蠣がさらに育まれる。それに伴って出た牡蠣殻を使って、干潟、藻場の底質改善をし、ベントス、底生生物を増やして、海底にも牡蠣殻で砂堆のような種場をつくることで、更に動物プランクトンを増やす。これらの環境、カキ筏も含め、横を通る櫛と捉えて、モザイク状に、鉛直的、平面的に排出することで、太く、長く、なめらかな物質循環を実現しようとするもの。
2015年はアマモ場再生活動30年目の節目、2016年6月3日から5日にかけて備前市日生で、全国アマモサミットが開催される。これらを契機にして、日生のカキ筏から生まれた備前焼プロジェクトを立ち上げて、里海と里山のつながりをつくる。更には、古くから小魚を大切にする日生の食文化を消費者のもとに届ける6次産業化を進める。更に、次代に引き継ぐ海洋教育として、中学生、小学生たちを対象にした海洋教育を実施し、更には里山と里海と街をつなげて、人とものの流れを通じて、里山・里海ブランドの構築をして、循環型地域社会につなげていきたい。

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●『瀬戸内海の環境の保全に関する広島県計画』
廣山 浩一郎 氏/広島県環境県民局環境保全課 参事
瀬戸内海は、世界においても比類のない美しさを誇っている。一方、藻場、干潟など生物の多様性に重要な環境の減少、海中では貧酸素水塊の問題、漁獲量が低下、海岸では漂着ゴミと多くの課題もある。H27年に国の「瀬戸内海環境保全基本計画」変更され、沿岸域の環境の保全、藻場干潟の再生、水質の保全と管理、自然景観及び文化的景観の保全、水産資源の時奥的な利用の確保に計画が見直された。これに伴い法律「瀬戸内海観光保全特別措置法」も改正され、基本理念が新設された。
国の基本計画変更を受け、今広島県計画の変更作業を進める中、素案という形で『県の基本理念:「美しく恵み豊かな里海瀬戸内海の実現」を目指そう!』を大きなテーマとしている。
◇沿岸域の環境保全、再生及び創出◇
藻場、干潟の減少が目立つ。S53年からH10年までの間に一割減少。多様な生物の生息生育の場の増加と質の向上(藻場及び干潟造成の推進)、を目指す。一部の湾奥ではヘドロがたまって悪臭や生物への悪影響が出ている。海砂利の採取跡地で低質の礫化に対応が必要。海砂利採取跡地のフォローアップ調査事業(修復状況把握と学識経験者の意見を踏まえた取組の検討)
◇水質の保全及び管理◇
CODの環境基準達成率が低い。漁業生産量の減少と窒素・リンの濃度低下との関係性が指摘されている。来年行われる第8次水質総量削減計画の策定に向け、達成率の向上を目指す。水質管理に関する国の検討会に参画し、県のデータを国に提供し、良好な水質と生物生産性の両立に向けた方策を検討する。
◇自然景観に、文化的景観の保全◇
海ゴミによる景観、生態系、漁業への悪影響がる。瀬戸内海の固有の魅力の活用が不十分。海ゴミは人工物が殆ど特にプラスチックが多い。「海岸漂着物等対策推進計画の策定」に基づき、海ゴミ対策の更なる推進する。エコツーリズム等の推進、文化的景観を活用して推進する。
◇水産資源の持続的な利用の確保◇
漁獲量がピーク時と比較し1/2程度に減少。漁業振興と生物多様性の確保。漁場環境の保全、水産動植物の増殖の推進、水産資源の適切な管理を実施する。
◇推進基盤の整備◇
住民参加の推進や調査研究の充実を図る。山・川を含めた流域単位での取組とその推進母体が必要。海域の貧栄養化と漁業資源の減少に係る調査研究の拡充が必要。流域及び海域を単位とした地域協議会を設置、課題を検討し取組を推進する。5つの海域に分けて、それぞれの海域で考えていきたい。
以上が素案の主なエッセンスであり、この素案に対する意見をいただきたく、パブリックコメント募集を実施した。今後は3月に内部でとりまとめ、環境省との法廷協議をし、秋ごろ公表される予定という流れになっている。美しい瀬戸内海を次世代へ継承したい。

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●パネルディスカッション:基調講演講師、取組事例等紹介者による、豊かな瀬戸内海の実現に向けた意見交換 コーディネーター:薦田 直紀 氏/(一社)サステナブル地域づくりセンター・HIROSHIMA 代表理事
薦田)
今日聴講した話の中では、森里川海のいろんな事例や主張出てきており、これらを30分でかみ合わせ、何か方向付けするというのは常に難しい。広島だけではなく、瀬戸内海、高梁、日生とそれぞれ違う空間の中でトップランナーとして活躍している方々、今日の話を聞いた中で、今日の繋がり、また森里川海の連携の中で何か感じた事を伺いたい。
白川)
特に海の話は、重ねてきた時間と関わった人々の層の厚さが物凄い。“なりわい”として海を使うという事が解っているので、漁業従事者が海を綺麗にするというのは当然の流れなのかと思う。そういう意味では、川や特に山間地では山の物を利用するという事が殆ど無くなってしまっており、まだスタートラインに立っていない。山で活動しているが里山保全という場面では、ボランティアに頼っているところが多い。延命措置的なところから、まずスタートラインに立つことが第一歩。その次に、どのように持続的に山を利用していくか?海の活動を拝見し、もしスタートラインに立つことが出来れば、山の人たちもこれを持続的な形に持っていくことが出来るだろうという大きな希望を持った。また、海で様々な植物が増えるという事は、山から栄養源等の供給があること。海の人から「海の人は山の事を気にしているが、山の人は海の事をあまり気にしないよね。」と言われた。
直接的に何かというのはないが、良い山をつくることは必ず良い海を育む事だと思う。まずは情報の交流から始めて、それが次の繋がりになっていけば良いと思った。
薦田)
特に“なりわい”というのは、今日の一つの目指すべきゴールか?その為には上嶋先生の話された島の無人島化をどうすれば良いのかというのが、大きなテーマではないかと思う。
岡野)
岡山の高梁川の先には笠岡諸島があり、そこでも様々な活動があるが、川で活動をしていても、なかなか海のほうまで行けない。アマモの再生を25年もかけて人と人が繋いで活動を展開されているのは凄い。特に上嶋先生の言われた「豊かさとは何か?」を常に仕事をしている時に考える。2007年までは東京でサラリーマンだったが、ある時ふと「人生このままでいいのかな」と考えていた時に、たまたま仕事で知り合った高梁川流域の仕事と出会い、2008年から今の仕事をしている。常にお金ばかり追いかけていた自分の生活のあり方と、今“なりわい”をつくっていかなければならない時に、そのバランスをどのようにとっていけば良いのか?「高梁川流域学校」は、行政からの補助金もあり地域経済界の方達からの応援もあり、5年間位の猶予をやるから、なんとか“なりわい”をつくれとお尻を叩かれている。皆が一生懸命に知恵を絞り、もがきながらつくり上げていく世界というのを、今日それぞれの地域を見せていただき、勇気づけられた。
薦田)
今日、森での活動や川での活動の中で、何か注文があればどうそ。
田中)
今日は山間部や川の話を大変興味深く聞かせていただいた。里海と里山の一番の違いは「生業が成り立つかどうか」これはよく議論される。日生では、私が20代の時に知り合った当時50~60代だった漁師の息子達が、今多く後を継いでいる。今50歳になった当時の青年若い漁師達の、また息子が後を継いでいる。海でも“なりわい”生業としている人たちが海を守るのは当たり前。一つの村に住んでいる人たちが、その前浜、磯の物が優先的に獲れる。沖に出たら泳ぎ回る魚を獲るので、お互いに行ったり来たりしながら仲良く獲るというルールを定めた。それが明治になりそのまま法律になって、日本の漁業法は世界に誇れる海商法であり、漁師と海の関わりをうまく定めた法律である。欧米では海の管理は国がするので、多くの予算を使っている。日本では、江戸時代より漁師達が「自分たちの海は自分たちで守ろう」の精神で繋がってきた。これが日本の沿岸海域の特徴だと思う。今漁師が物凄く少なくなってきており、この60年で1/4以下になっている。だからこそ余計に里海という考え方を盛り込んで、今日紹介したように漁師だけではなく、市民や地域の人々も一緒に海の事を考えていただく、それにあたり山との繋がり、川との繋がりが重要。日本の多くの沿岸域の漁師は、10数年前から山へ植林や下草刈りに行っている。日生では最近林業の人々が海の森づくりに参加してくれるようになった。この事は凄く大きな革命であると思う。やはり水の流れを通じた森里川海の繋がりがベースにあるが、今度は物と人の流れを通じて里山と里海と町を繋ぐという事が大切であると、今日の話を通じて改めて感じた。
薦田)
里山で木伐に向かう人が増え地域通貨等で今700万円くらいという事だが、これまで受けていた恵みを社会資本を喪失してまでいろいろつぎ込んで、なかなか次へ繋がってないという事だが、今の活動を“なりわい”化していく為に考えている事は?
白川)
今はまだ林業としてはあまり築き上げられていない。里山を資源としてもう一度使うという事。昭和35年頃、芸北地域は年間3400万円位炭を売っていた。当時の町の予算は3700万円であり、町の年間予算に近い生産があった。感覚として、今はまだ山にそれだけの資源があるという感覚がないのが最初。それが“なりわい”にならなくても、各家庭でお風呂の燃料を灯油から薪に変えて等、見た目のお金が増えるわけではないが逆に出ていくお金が減る。そういう生活の中に山を取り込むという“なりわい”が少しあれば良いかと思う。せどやま事業だけで暮らすことは出来ないが、生活の1/6の収入がせどやまの事業になればと思っている。
薦田)
せどやま事業だけでなく、その他の山の暮らしや狩猟肉の販売等いくつかを組み合わせ、そこに徐々に定住するような文化や若者の受け入れる等が大事なのか?
白川)
先ほど漁師が季節的に山へ草刈りや木を切りに行くという事でしたが、今は移動がとても簡単になっているので、広島市内に出ている人が週末帰ってきて自分の山の木を切り、ちょっとした収入になる様な、生活の場所と自分の収入を得る場所を複数つくることが可能であるというイメージ。
薦田)
エコツーリズム(少し最後急ぎ足だったが)で無人島化を防ぐ、或いはある程度島や地域にお金が落ちたり人が関わっていく仕組みとして、サスティナブル・ツーリズム等フランスの事例があったが、日本でそれがお金になったり、“なりわい”に近づけるようなことで考えている事がありますか?
上嶋)
大学で環境を習った子ども達が、就職活動でどこも行くところがない。環境を学んでどうするの?警察官になったり消防士になったり…何の意味があったの?日本のレベルは先進諸国といえ、環境と言いつつも何も知られていなくて珍しいくらい。政策は流れ何もしないで時が過ぎてゆく…そういう事にならないようにキチンと担保できるものを大人たちが作らなければならない。もう少し実態把握が必要。何もしないからついて行けないのが現状。山・川・海で様々な政策が動いてきたが、どうだったか?というとよくわからない。人を育てて人が動かない限り技術だけではどうしょうもない。日生の成功事例はまさに人である。例えば、学生が木こりになるための国家試験に木に登って落ちないように、木登りの試験があるが、結局若者が満足できる状況ではなかった。政策と人との関係をきちんとする事と、今島はどうなっているのか?社会的にどうなのか?実態把握をもう少ししてほしい。国勢調査を基に環境政策を考ると、働き口もどんどん出来るのではないか。
薦田)
見える化という事。日生では独自に真庭の提言をなされるときに、漁協の方等へ行政の方からのバックアップはあったのか?
田中)
連帯感は最初からあった。それぞれに当事者意識や信頼感があった。人と人とのつながりが非常に大事である。当時から大学の研究者も深く関わっており、科学的な裏付け等含めマニュアル化するなどした。様々な立場の様々な人の知恵が集まった結果であると思う。
薦田)
高梁川では、地域教育やエコツーリズムの活動の中で、次の世代の子どもや学生等をうまく巻き込むという話だったが、世代的な繋がりも含めて提案はあるか?
岡野)
高梁川流域学校の発足にあたり、トヨタの白川郷自然学校をモデルにした。高梁川流域の河口域に水島コンビナートがある。そこでは高梁川の水を使用しており、大量の二酸化炭素を排出している。そういう会社が豊田のような役割を果たせないか仮説あり。経済を回す側と、経済型の教育をする学校と地域教育の領域がないと、おかしな人間になってしまうのではないかと思う。ESDの視点から地域の自然教育を含めた教育を創っていきたい。
薦田)
次の世代とのつながりをどうするのか?東広島で大学生と活動をしているが、地域にもっと関わりたいという学生が徐々に出てきている。その学生達をちゃんと受け入れることのできる地域づくりをどうしたらよいか?それが将来“なりわい”に繋がることを森里川海の中で達成出来たらよい。
最後に社会システムへの提案を伺いたい。その前に、県ではこれから計画を作成するが、その為に今から地域協議会等をつくっていく上で、今日の事例の中で個人的に参考になったり、計画に自身がパブリックコメントに書き込みたいと思ったような例はあるか。
廣山)
個人的にコメントは難しいが、感じた事 今回ピンチヒッターで参加する上で、取組の紹介をする方々の内容を見て、どのように瀬戸内海の計画について話を進めるのか考えていたが、発表を聞いてそれぞれが繋がっているという印象をうけた。瀬戸内海の計画は、広島の海域だけで何かをしようというのではなく、これから国で纏め上げる上で、岡山県、山口県も瀬戸内海を囲むすべての県が、隔たり無く、海だけでなく水系(流域)を含めた水循環という考え方を計画に述べる中で何が必要なのか。このような捉え方で美しく恵み豊かな瀬戸内海を実現するためにどのようにしたらよいのか。河川を主体とした活動や森という位置づけで考えることが先を見ると海に繋がる。人に多くの物を提供してくれる水系の水循環に繋がるという意味で非常に深い。地域の実情という形でくみ取ることが出来ないかと率直に感じた。
薦田)
これから社会システムを考える上で、様々な要求・要望・思い等あるが、それを実現するためには行政と地域の協働が重要。簡単に山間部や島しょ部に定住する人を呼ぶというが、例えば今私が関わっている中山間地域の人達が高校に行こうとしても、なかなか高校へ行けない問題があった時に、じゃあ学校をつくれでよいのか?等の課題意識が芽生えた。
最後に聞きたいが、新しい社会システムをつくる上で、それぞれの体験を踏まえて「これだ!」と思う「社会システムの提案」を一つお願いします。
田中)
一番強く感じるのは、子ども達と一緒に活動する事で、子ども達から教わることが非常に多い。一緒に活動すると受ける感動の大きさ、感銘の大きさ、具体的に何を感じたかが大人とは大きく違う。今後の学習指導要領が変わり、小学校の教育に海洋教育を取込み、また中学校も高校にも日本財団がガイドラインを示しているが、まだそれが反映されていない。人材育成という意味で、子ども達に森里川海の繋がりの中で水を介して集結点であるという海についての知識や知恵をきちんと伝える事が、長期的に見た社会システムへの重要な事項ではないか。
薦田)
そのための準備とか目論見はあるか?
田中)
今水産学会の委員であるが、海洋学会、水産学会、14の沿岸環境に関する学会が「沿岸環境関連学会連絡協議会」をつくっている。海に関する学会から具体的な提言を出そうとしている。また、私共のNPOでも国土交通省と協働し、昨年より子ども達に本当の海の姿を知ってもらうために「みなと学習会」を実施しているが、この様な視点で動き出したらよいと考えている。
薦田)
お話を聞いてマニュアル作りを提案しそれを仕事にする等NPOの経営姿勢が大事であると感じた。
岡野)
森里川海の繋がる地域教育、利益教育のような地域も協力してみんなで社会システムをつくることが大切である。どういう社会を目指すのか、人材育成するのかという事をきちんと議論してシステムを設計する形になると良い。
薦田)
学校教育、社会教育は融合するという考え方が昔からあったと思うが、なかなか融合しない。学校は学校、社会は社会となってしまっているが、高梁川流域学校でこれから仕掛けていこうという思いはあるか。
岡野)
今大学や高校がカリキュラムの中に地域で学ぶ教育を多く取り入れている。これを受け皿としてしっかり受け、その中で子ども達自身がとういう関わりをしたら良いのかと選択する力を養いたい。そのためには特定の人間が先生ではなく、地域の方それぞれが自分の持っているスキルやノウハウ、環境を学びの場として取り入れ、一緒に協働する事が大切であると考える。
薦田)
様々な人に芸北を体験してほしいと思っているが、それをさらに川、海へと発信してほしいという期待もある。それを実現するための社会システムの提案はあるか。
白川)
社会システムというと仕組のようなボタンを押すとグルグル回るようなイメージだが、関わるいろんな人の意識を大切にしたい。広島県では山や川を含めた流域単位での取組をこれから進めるのであれば、今日の資料の中で広島の地図に北広島町が入っていない。細かいところだが、そのような小さい意識。これを行政区画で示すのではなく、例えば分水嶺で示せば「自分は太田川の流域の人間なんだ。それで瀬戸内海と繋がっているんだ。」という意識が芽生えてくる。人の意識に配慮したところが片方でとても大切。その意識が出来た上で、ボタンを100個押さなければ動かないシステムより、一個押せば全部動くほうが良い。そんなシステムを作ろうとすると面倒な事が出てくる。その時に誰かではなく自分がニコニコしながらやることが大切。ポイントは「ニコニコ」。人間はマネする動物らしいので、そうすると相手もニコニコしてしまう。意識の部分を大事にしながらシステム設計をすることが大事であると考える。
薦田)
政策的には“なりわい”とあるが、いろんなシステムを上手く作ることで、そこに行きつくことが大事だと思う。その辺で北広島からの提案をお願いしたい。
白川)ここで答えを出すのはとても難しいが、今日参加されている方は少なからず瀬戸内海に繋がりがある方々でしょうから、これから瀬戸内海の事を話す時は「ニコニコ」して話すことを提案したい。
薦田)
廣山さん、これから計画作成する上で「ニコニコ」というキーワードをどう使うか等、いろいろ配慮すべき点もあると出てきているが、何か一言。
廣山)
この流れで自分も今ニコニコしているが(笑)、笑顔でこれから進めるが大前提であり、指摘されたように、意識して実施したい。何をしたいのか掘り下げて考えなければ、これは絵に描いた餅にしかならない。笑顔をもってお伝えしなければならない、また実行しなければならないと思う。
薦田)
いろいろな事例を聞いて、「無人島化をなくさなければならない」無人島化をなくすための新しい社会システムへ向けてのお話をお願いします。
上嶋)
アメリカのレスター・R・ブラウンが「君たちが本当に最後の最後の段階まで来ないと環境なんて誰も動かないよね」と究極の言葉を来日時に残した。要するに自分の事として思わなければ、何も動かない。瀬戸内海で研究し島々を回ってきた経験があるが、「この島が誰もいなくなってしまった時、いったいどうなるんだろう」生物の世界のように、三割のコロニーが消失したら、あとの七割はストンと無くなる。ゼロになった時、もう一度復興するのは大変なエネルギーである。人間はこれ気にが付かないので、気が付きなさいと彼は言っている。譫言だと思っている内は安全だが…。
社会システムという言葉は、結果論的な意味である。山川海の繋がりを対象にしているが、その場所でどう行き着くか?という論理がなければシステムは出来ない。「ここでこうやって生きてゆくんだ!」生活するために、農業、林業、観光、地域産業などがキチンと“なりわい” 社会システム化すればそれでよい。しかし、それが違う世界に入ってしまい戻れない事態になっているが、何とか新しい形にしてでも戻りたい。漁港は全国で3000カ所、瀬戸内海で500カ所ある。一つの漁港を何100億もかけてつくっているが、訪れてみると船が2~3隻しかない。そんな港がたくさんあるが、そこを新しい形(利用方法)にどんどん変えていくと、そこに自ずと流通機構が働く。魚が採れる、それを売る。農業もこの畑を何とかしたいとなると、耕してくれる。そういう人がいないから誰も行かないだけ。まずは、そういう人をつくらなければならないというのが私の思い。
地産地消をいう言葉がある。そこでしか出来ない物、食べられない物があるが、何とかして作り続けたい。買いに来る人がいるから、そこで働くことが出来る。そういった一つの流通機構をどうやって作るのか。
エコツーリズムの場合、宿がないので簡単なもので良いので宿をつくって欲しい。宿があれば宿泊費が落ちるので収入を得ることが出来る。そんなシステムが出来るのではないかと考える。若い人たちが新しい職業に就き、そこに世界の人々が来る。すると日本文化がどういう位置にあるのか気付くことが出来る。オリンピックが始まると世界の人々が来るので、それまでに「おもてなし」のノウハウを知る為にも、この様なシステムを構築する事が必要である。同じことをする必要はなくて、森里川海それぞれの場所で一番良い方法を選択すればよい。それを全体での社会システムであると考える。
薦田)
プランナーの方々が、各地域のコーディネーターで生計が成り立つ等の仕組みが出来ると変わってくる。そこへ向けて様々な手を打つのも大事であると思う。

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●16:20 - 質疑応答
質問①)海のゴミについて関心があり、ボランティアでゴミ拾いをしているが、繰り返し同じゴミが大量にある。宮島で月に3~4回行くが、県のデータにある通りで、殆どが人口のゴミでありプラスチックである。規制のみならず措置を併せて講ずると明記してあるが、この内容について広島県ではどのようにされるのか。
廣山)
規制のみならずというのは、今までは環境基準を達成するため、保全を基礎に規制をかけて綺麗にするというのが目的だったが、海の恵み(漁獲)を漁業によりいただくという生活で実感できることに繋げるため、豊かな海を目指す、魚が増える海をづくりを心掛ける為、規制ばかりではなく管理しようという趣旨と、保全管理の動きに併せて景観に対するゴミだけでなく、漁業に影響する“なりわい”の部分に影響するゴミを通じて保全管理対応をしなければならないと考える。
質問①)
規制のみならずというのは、規制を越えて今から対応していこうと誤解していた。今までの規制の甘さが現状を招いてしまっている。規制という言葉について具体的な内容が聞きたかったが残念だと感じている。ありがとうございました。
薦田)
ぜひ、パブリックコメントで必要な規制を提案してほしい。
ありがとうございました。

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16:30 - 閉会挨拶
NPO法人 ちゅうごく環境ネット 理事長 堀之内 功
登壇者、参加者への感謝の言葉が述べられ、閉会した。

 

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